【結論】

香港税務局(IRD)が公表した「Inland Revenue (Amendment) (Automatic Exchange of Information) Ordinance 2026」は、2026年6月26日に官報掲載され、2027年1月1日から施行されます。今回の改正の中心は、CRS(共通報告基準)そのものによる新税の導入ではなく、香港の報告金融機関(Reporting Financial Institutions=RFI)に対する登録、記録保存、デューデリジェンス、違反時の制裁を強化することです。香港の銀行口座を日本不動産投資の資金管理に利用する中国人投資家に直接新しい税金を課す制度ではありませんが、金融機関側のCRSコンプライアンスが強化されるため、税務居住地、TIN(納税者番号)、法人・信託の支配者情報などの整合性は一段と重要になります。

【2027年から全RFIに登録義務】

最大の変更は、香港のすべてのRFIについて、IRDへ報告すべき金融口座情報が存在するかどうかにかかわらず、AEOI Portalへの登録が原則義務化される点です。現在RFIに該当しながら未登録の金融機関は、2027年3月31日までに登録する必要があります。2027年1月1日以降に新たにRFIとなった金融機関は、原則としてRFIとなった暦年の翌年1月31日までに登録しなければなりません。つまり「報告対象口座がないから登録しない」という運用は原則として認められなくなります。

ただし例外もあります。例えば受託者とその信託、アンブレラファンドとサブファンドの関係で、信託やサブファンドが別のRFIのアカウントの下ですでに登録され、CRS情報またはNil Report(報告対象なしの申告)も当該RFIから適切に報告されている場合、個別登録を不要とする取扱いがあります。したがって、すべての信託・ファンドが無条件に独立登録を要求されるわけではありません。

【記録保存と制裁も強化】

記録保存についても明確化されます。RFIはFinancial Account Information Return(BIR80)の提出期限後6年間、十分な記録を保存する必要があり、その間にRFIでなくなった場合や法人等が解散した場合でも保存義務は消滅しません。解散したRFIについては、解散直前の取締役、取締役がいない場合には受託者や管理責任者等が、6年間の保存期間が終了するまで記録を確保する責任を負います。

さらに、合理的な理由なく登録義務を履行しない場合や、不正確・不完全な情報を提供した場合などについて新たな制裁が導入されます。デューデリジェンスを適切に実施しないなど一定の違反については、関係する金融口座数に応じて罰則額を計算する仕組みも導入されます。また、刑事訴追だけに依存せず、一定の場合には行政罰を適用できる制度も新設されます。今回の改正が単なる事務手続の変更ではなく、香港のCRS執行能力そのものを強化するものであることが分かります。

【制度背景と最新動向】

香港は2018年からOECDのCRSに基づき、パートナー税務管轄地域との間で金融口座情報を毎年自動交換しています。香港政府によれば、今回の行政枠組み強化は、OECDによる香港のAEOI制度に対する相互審査の指摘にも対応するものです。

なお、ここでは別の制度改正と混同しないことが重要です。香港では2026年5月22日、CARF(暗号資産報告枠組み)と改訂CRSを導入する別の条例案も官報掲載されています。2026年9月5日時点でIRDはこれを「Bill(条例案)」として掲載しており、成立を条件としてCARF関連改正を2027年1月1日から、改訂CRS関連改正を2028年1月1日から実施する予定としています。したがって、今回すでに成立した「2027年1月1日施行のRFI登録・記録保存・制裁強化」と、「改訂CRSの対象資産・追加報告事項等の拡張」は法的に区別して理解する必要があります。

【中国人投資家への影響】

中国人投資家について最も注意すべき点は、CRS上の税務居住地を国籍だけで判断しないことです。中国籍であることだけから中国の税務居住者であると断定することも、香港に銀行口座や会社を持っていることから香港の税務居住者と断定することもできません。実際の税務居住地は各法域の税法等に基づいて判断され、金融機関はCRS上の自己証明(Self-Certification)などを通じて確認します。

香港では2017年1月1日以降に開設された新規口座について、原則として口座保有者から税務居住地に関する自己証明を取得する仕組みが導入されています。既存口座についても、金融機関が税務居住地に疑義を持つ場合には自己証明を求めることがあります。自己証明で重要事項について故意または無謀に虚偽・誤解を招く情報を提供した場合には、レベル3の罰金(HK$10,000)の対象となり得ます。

【日本不動産実務への影響】

中国人投資家が香港口座から日本へ不動産購入代金を送金し、日本で得た賃料や売却代金を香港へ戻すケースでは、今回の改正によって日本不動産に新しい税金が発生するわけではありません。しかし、香港金融機関のCRS管理強化により、口座名義、税務居住地、TIN、法人・信託の実質的支配関係、資金の出所などについて、説明可能な状態を維持する重要性は高まります。

またCRSと日本の不動産税務は別制度です。非居住者が日本不動産から賃料を受け取ったり、不動産を譲渡したりする場合、一定の条件では日本で源泉徴収が発生しますが、源泉徴収率をそのまま最終税率と理解してはいけません。源泉徴収は支払段階の徴収制度であり、最終税額は所得区分、必要経費、取得費、譲渡費用、保有期間、確定申告、租税条約等を踏まえて判断する必要があります。

したがって、日本の不動産会社が香港経由の中国人投資家を扱う場合には、「香港口座があるから香港居住者」「中国人だから中国居住者」と処理せず、契約名義、所有者、送金者・受取人、税務居住地、法人や信託の支配者、資金源を個別に確認することが重要です。CRS、AML/KYC、日本の不動産課税、中国側の海外所得課税、香港の金融機関手続は相互に関連しますが、それぞれ異なる法制度です。

2027年の香港CRS改正は投資家への増税ではなく、金融口座情報の透明性と金融機関の説明責任を高める制度改正と位置付けるのが正確です。香港を日本不動産投資の資金管理拠点として利用する投資家ほど、銀行に提出した税務居住地・TIN・支配者情報と、実際の居住実態および各国・地域での税務申告との整合性を定期的に確認することが重要になります。

一次情報:香港税務局「Inland Revenue (Amendment) (Automatic Exchange of Information) Ordinance 2026」。2026年6月26日官報掲載、2027年1月1日施行。