結論
中国財政部・国家税務総局は2026年7月24日、「オフショア信託の個人所得税に関する事項についての公告」を公表し、個人が財産をオフショア信託へ組み入れる場合と、その信託を通じて収益を取得する場合の個人所得税ルールを明確化しました。公告上の財産には動産、不動産その他各種財産が含まれます。中国の富裕層が日本不動産を香港、シンガポール等の信託・類似法的アレンジメントへ移すケースでは、単なる資産管理上の名義変更として扱えない可能性があります。
制度の対象となるオフショア信託
公告では、国外法に基づき設立された信託、または実質的に信託に類似する機能を持つその他の国外法的アレンジメントをオフショア信託としています。一方、所在国・地域の金融監督機関による監督を受け、不特定の顧客を対象として独立して業務を行いリスクを負担する銀行、保険会社、証券会社、基金会社等が発行する金融商品については、公告が定義する類似信託型アレンジメントから除外されています。
財産を信託へ入れる段階にも課税問題
中国の居民个人が財産をオフショア信託へ組み入れる場合、公告は組入時の市場価値から財産原価および合理的費用を控除した残額を課税所得額として、「財産譲渡所得」として申告する仕組みを示しています。つまり、資産を自分が設定した国外信託へ移すだけだから売却ではない、という感覚だけで判断することは危険です。
税務総局の徴収管理公告では、居民个人は財産を信託へ組み入れた翌年3月1日から6月30日までに、組入時の財産譲渡所得について申告納税することとされています。また、信託から生じる前年度の収益についても、毎年3月1日から6月30日までに「財産譲渡所得」「利子・配当・利益分配所得」等として申告する仕組みが示されています。
日本不動産を直接信託に入れる場合
今回の公告では対象財産に不動産が明記されています。そのため、中国の居民个人が所有する日本不動産を国外信託へ移転するプランを検討する場合、中国側で組入時の財産譲渡所得課税が生じるかを事前に確認する必要があります。ただし、日本側では信託設定の方法、所有権移転の有無、受託者の所在地、受益権の内容などによって所得税、譲渡課税、登録免許税、不動産取得税、贈与・相続その他の論点が変わり得ます。中国公告だけから日本側課税を一律に判断することはできません。
日本不動産保有会社の株式を信託へ入れる場合
日本不動産を直接移転せず、日本法人や香港法人等の株式を信託へ移す構造も考えられます。しかし公告は不動産だけでなく「その他各種財産」を対象としているため、株式等の財産を信託へ組み入れた場合も中国個人所得税上の分析が必要です。法人を介在させれば自動的に課税対象外になるという意味ではありません。
香港・シンガポール信託なら非課税というわけではない
信託の準拠法が香港やシンガポールであること、受託銀行が香港やシンガポールにあること、信託資金を同地域の銀行で管理していることは、中国における本人の税務居民判定とは別の問題です。中国の居民个人であれば、中国の公告が国外法に基づく信託を対象としている以上、国外に信託を設けた事実のみを理由として中国個人所得税の検討から外すことはできません。
日本で納税した場合の外国税額控除
日本不動産の売却や賃貸等によって日本で所得税を実際に納付し、中国でも国外所得として課税関係が生じる場合には、中国の外国税額控除制度を検討する必要があります。ただし、信託への財産組入れについて中国側でどの所得が認識され、日本側でどの課税が発生するかは取引構造によって異なります。日本で支払ったすべての税が当然に中国の外国税額控除対象になるわけではなく、所得税の性質や控除限度等の確認が必要です。
実務上の注意点
- 信託設定前に本人の中国税務居民該当性を確認する。
- 信託へ入れる資産の市場価値、取得原価、合理的費用を証拠化する。
- 日本不動産を直接移転する場合は日本側の登記・税務も同時に確認する。
- 株式を信託へ入れる場合も対象外と決めつけない。
- 日本税と中国税が同一所得に対応するかを確認して外国税額控除を検討する。
今後確認すべきこと
オフショア信託は相続対策、資産承継、ファミリーウェルス管理など複数目的で利用されますが、今回の中国ルールにより、少なくとも中国の居民个人については「信託に入れれば個人課税から切り離せる」という前提で設計することは難しくなっています。日本不動産を含む信託では中国法と日本法双方の確認が不可欠です。
一次情報と確認日
国家税務総局政策法規庫掲載の「財政部 税務総局关于离岸信托个人所得税有关事项的公告」を2026年9月4日に確認しました。