【結論】

OECDの「税の透明性と情報交換に関するグローバル・フォーラム」は2026年6月19日、「Enhanced Monitoring Report on the Implementation of the Standard on Transparency and Exchange of Information on Request 2026 Update (June)」を公表しました。ここで重要なのは、この報告書がCRSによる金融口座情報の「自動的情報交換(AEOI)」そのものを評価する報告ではなく、税務当局から具体的な要請があった場合の「要請に基づく情報交換(EOIR)」について、各国・地域が必要な所有者情報、会計情報、銀行情報等を取得・提供できる体制を評価するものだという点です。現在の本文はこの点がやや曖昧であり、制度上はEOIRとCRSを区別する必要があります。

【2026年報告の最新動向】

グローバル・フォーラムには173の法域が参加しており、EOIR基準について2010年からピアレビューを実施しています。第2ラウンドのレビュー終了が近づいたことから、2025年には過去のレビューで出された勧告の実施状況を継続確認する「Enhanced Monitoring」へ移行しました。2025年12月の最初の報告は25法域を対象とし、2026年6月版ではさらに14法域を追加したため、現在は39法域の結果が統合されています。

ただし、日本について「2026年6月に新たな評価が採択された」と理解するのは正確ではありません。日本の個別モニタリング結果は2025年11月にグローバル・フォーラムで採択されたもので、2026年6月19日公表の更新版に統合掲載されています。日本は2009年からグローバル・フォーラムに参加し、2018年の第2ラウンドEOIRピアレビューでは総合評価「Largely Compliant」とされました。

【日本で残る実質的所有者情報の課題】

日本について特に重要なのが、法人・パートナーシップのBeneficial Owner(実質的所有者)情報です。OECDは、日本では税法上取得できる情報もあるものの、実質的所有者情報の確保が主としてAML/CFT制度に基づく金融機関等の顧客管理(CDD)に依存していると指摘しています。

犯罪収益移転防止法の改正によって、司法書士、公認会計士、税理士などにも実質的所有者確認義務の範囲が拡張され、日本は改善を進めています。一方、OECDは、すべての会社・パートナーシップについて国際基準に沿った十分・正確・最新の実質的所有者情報を確保する仕組みは、なお改善途上と評価しています。

法務局による「実質的支配者リスト制度」もありますが、OECDは、対象が株式会社等に限られること、利用が任意で対象法人の一部しかカバーしていないこと、実質的所有者の定義がEOIR基準と完全には一致していないことなどから、この制度だけでは全対象法人等の実質的所有者情報を確保するには十分ではないとしています。該当勧告のステータスは「In the process of being addressed(対応中)」です。

【金融機関だけでなく専門職も対象】

実務上重要なのは、透明性確保が銀行だけの問題ではないことです。日本では金融機関のCDDについて継続的な監督・執行が行われ、2024年には実質的所有者の特定や記録保存に関する不備について2件の強制力ある命令が適用されたと報告されています。一方、非金融のAML義務対象者については監督・執行体制が整備途上であり、OECDは2028年の次回自己評価で、実質的所有者確認義務が実際にどの程度機能しているか、監督・検査・是正措置等を報告するよう求めています。

【中国人投資家への影響】

この動向は、香港会社、シンガポール会社、日本法人、信託等を利用して日本不動産を取得する中国人投資家に重要です。ただし「法人を使えば必ず税務当局へ最終所有者情報が自動送信される」という意味でもありません。EOIRはCRSのような定期的な自動交換ではなく、租税条約等の枠組みに基づき、予見可能な関連性を有する税務情報について相手国・地域から適切な要請があった場合に情報を交換する制度です。

その一方で、「香港法人名義なら自然人は見えない」「日本法人を一社挟めば実質的所有者を追跡できない」という前提で投資構造を設計することも適切ではありません。法人登記、銀行KYC、AML/CFT上の実質的所有者確認、税務資料、CRS等、複数の制度から所有・支配関係を確認できる可能性があるためです。

また、税務上の居住者判定は国籍だけでは決まりません。中国籍であることのみから中国の税務居住者と断定したり、香港法人やシンガポール口座を持つことのみから香港・シンガポールの税務居住者と判断したりすることはできず、各法域の国内法や租税条約、実際の居住・生活・事業状況等に基づく個別判断が必要です。

【日本不動産実務への影響】

日本の不動産取引では、海外法人が買主となる場合、登記上の法人名義だけでなく、銀行送金者、資金提供者、法人の株主・実質的支配者、契約締結権限者などを一貫して説明できる資料管理が重要になります。特に香港・シンガポール等の法人から数億円規模の購入資金が日本へ送金される案件では、法人登記資料、株主・支配者情報、銀行取引記録、資金形成過程などを保存しておくことが実務上重要です。

なお、EOIR、CRS、AML/KYCは情報取得・確認・交換の制度であって、それ自体が日本不動産所得の税率を決める制度ではありません。非居住者が日本不動産から賃料を取得した場合や不動産を譲渡した場合には、一定の条件で日本の源泉徴収制度が適用されますが、源泉徴収率は最終税率と同義ではありません。最終税額は所得区分、必要経費、取得費、保有期間、確定申告、租税条約等を踏まえて判断する必要があります。

2026年報告から読み取るべき核心は、「日本の実質的所有者制度が完成した」ということではなく、日本を含む各法域について、法人・金融口座等の背後にある実質的所有・支配関係を税務当局が必要時に取得できる体制を国際的に継続検証しているという点です。中国人投資家の日本不動産投資でも、法人を利用すること自体に問題があるのではなく、実際の所有者・支配者、資金源、税務居住地、税務申告を整合的に説明できる投資構造を構築することが一段と重要になっています。

一次情報:OECD / Global Forum「Enhanced Monitoring Report on the Implementation of the Standard on Transparency and Exchange of Information on Request 2026 Update (June)」、2026年6月19日公表。日本については2025年11月採択のモニタリング結果が2026年6月更新版に収録されています。